• 2014/01/08/Wed 10:39:44
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  • CATEGORY:刺繍とか

昨日まで穏やかなお天気だったのに今日から雨模様です。
写真の技術が全くないから昨日めっちゃ明るい日差しの中で撮った写真、
カメラが勝手に露出などを調整したのでしょう、
まるで暮れなずむお部屋での撮影になってしまったかのようですが
新たな黒猫。

ri5.jpg

これはですねえ、本当はまたも先日の「黒こねこみたいなやつ」をリクエストされていたのですが
なんだか黒猫を繰り返しさすのは本当に難しいのですよ。以前の刺し方全然わからない。
で、ちょっと大きめの黒猫さんをいたずらモードで刺繍することに。
なんか、私は新しい猫にチャレンジするのがとっても楽しいのですが
同じモチーフを全くそっくりに刺す方が修行にもなるのかな。しかし難しいです。
あら、この文章を打っている時、この真下に黒猫の画像があるのですが
まっすぐにに私を見つめていてなんだか昨日見たよりキュートに感じます。
昨日はきりっとした感じになったな、とか思っていたのですが今日は可愛いわ。

さてこちらはこの時はまだシャツの形になってないのですが(今はシャツになりました)
初めて毛のながいやつを刺繍しました。
なんて言うのかな?ペルシャ猫系?お顔はむくれてないのですがモップみたいな大変ふさふさした猫。
お風呂とか入れたら別猫なのでしょうねえ~。
頂いたお写真もどこまでが顔の毛なのか判りません。全くの勘で刺しました。
耳の中の毛もとんでもなく長いです。

ra11.jpg

毛が長いとやっぱり針足もちょっと大きくなります。
そうすると布がいつもより攣れた感じになって更なる修行の必要性を感じます。

この10日で3匹の猫を刺繍しました。こんなに出来るんだ!と驚いています。
(でも反動で昨夜から無気力モード。今日は朝から英語でメールのやり取りとか刺繍から離れています。)

先日、昨年は「大した努力をしていないのに夢がかなってしまった」と書きました。
それにここ何日か考えたことについて。(注:ばかばかしいです)
もう何年か前にどこかで「自分の『ユメ』ノートを作るとよい」というのを読みました。
別にその当時何かに行き詰っているとか悩んでいるとか強く思っていることがあったという程ではなくて
家族に願うこととか自分もこんな風にガンバロウ、とかまあごく普通のレベルで心に留める様々な思いはあっても
まあ特別に「今年こそ」とか「今こそ」なんて意気込みは左程無かったようにも思います。
で、家族の事は置いておいて
(家族の誰かの何かをこうしろ、ああなれ、と願う前に自分がすべきことをしろ、自分にも課題を!と思うタイプ)
自分は刺繍や手芸が好きでそういうのでどうにかなりたいの?ただ家族に何か作って喜ばれたらそれだけでいい?と
常に自問自答していて 細々ネットで小物作って売ってみたり図案のお仕事受けてみたりしていたけれど
自分の名前が載った本とか出たら素敵、位の夢を不敵にも持っていたのですね。
で、実際本にちょこっと載せていただいたり表紙に刺繍を使っていただいたりして
その時は天にも昇るような気持ちで 嬉しくてもっと頑張ろう的な前向きな気持ちになったりもしたのです。
そういう頃にその『ユメ』ノートです。
これの元になった著書を私は読んでいないので詳しい仕組みはわからないでふーんと思ってやってみただけなのですが
書き方がちょっと変わっていて 
何でもいいから(実現不可能と思われるようなことでも自由に書いていい)「こうなったらいいな」というのを
完了形で書くという決まりがありました。 
たとえば「痩せて素敵なスタイルになっちゃった!」とか言う感じ。
完了形で書くと何がどう影響してどういった効果があるのか、とか全然判りません。
そしてなぜ私がそんなことに「ふーん」と思ってやってみたのかも全く不明です。
さらにそのノートは大事にしまっておいたりはせずにいっそなくしてしまうくらい忘れろ、という指示もあったような。
で、実際それに私がいくつ、どんなことを書いたかはもうはっきり覚えておらず
ノートのありかも多分あそこにあるよなあ…位に思っているだけで何年か存在を見てはいません。
書いたことで覚えていてかなっている『ユメ』もあります。
同様にかなっていない『ユメ』もあることを覚えているので単にノートを見たくない、と思っているのかもしれません。
その中でかなり実現不可能なことで本当に『ユメのまたユメ』見たいなことの一つとして
私は「海外から刺繍の仕事が来た」というようなことを書きました。
どの程度の量か?などということは想像もせず多分左団扇的な優雅な「大変さ」を思ってのバカらしい『ユメ』として
このことは書いたと思います。
そんな、切羽詰まったような「こうして私はサクセスするぜ!」みたいな野望は全然無かった。
事実そこから何年かは相変わらずの細々刺繍制作で 
なにかネットでの販売もお店の委託も刺繍の本の図案もただ漫然とやっていて 
やる場があるのは大変ありがたくラッキーなことであることは承知しながらも
いろいろがっかりすることやあれこれ面倒なこともあって
もうこんな風にやるのは止めようかと何度も思いました。
止めてもだれも困りませんし。
ところがそういう時に限って何かとても良い響きのお誘いがあったりして
掬い取られるようにまだネットという場で小さく自己顕示欲を満たしていました。
本当にラッキーとしか言いようがありません。

そのうちに昨年の大波乱です。
子どもに作ったものが話題となり私の製作環境が(自分的に)変わりました。
そして母が倒れたこと。順序が違えばもう刺繍などやめて看病に帰省しどおしだったかもしれません。
しかし自分にはそのことは逆に訪れました。
半分くらいあっちの人になりつつも病院で(多分)私を心配し激励する母。
暮れに向けてさらに多くなった海外からのメールをみんな母に読んで聞かせたいです。
こんな夏からの大混乱の中でバカらしかった私の『ユメ』はかなってしまったのです。
もう少し具体的に良いことを書いておけばよかったかも、とも思いましたが
なんかもうやるしかないよなあ、という感じで刺繍し続けています。(今休んでるけど)

大変バカらしくも大層なユメがかなってしまった暁には新たな夢を持たないと
今のこのパワーを維持できません。
母もいつまでも応援してくれないでしょうし 折角手の中に飛び込んできてくれた状況を
簡単に捨ててはだめです。
今またこの「『ユメ』ノート」を書こうは思わないけれど
代わりにここに書いておこうかな、と思います。ああ長くなってしまってます。まあいいか。

またまたバカらしい「ユメ」です。
以前は自分の名前の載った本、というのがユメというか目標とするところであったりしたこともありました。
でも今そういうのはあまり興味が無くなりました。
(自分のだけが載ってる本、などというすごいのは叶ってないですよ勿論。全然。)
大体私の刺繍は図案にするの無理あるし。
で、新たなユメというか目標というか希望は 自分とは違う分野の物に刺繍が使われる、ということです。
絵画やイラストとか写真のような扱いかな。
手芸の本ではなくてええとたとえば(全然希望してないけど)料理の本の挿絵になるとかありますよね、そんな感じ。
もともと刺繍に「刺し終わってから飾るもの」という概念は持ってないのです。
小物だったり服だったり持ち運べたり使える物の装飾としての刺繍を心がけていました。
刺繍があることで多少不便にはなるかもしれませんが。
今シャツに刺繍しているのもまあ平たく言えばプリントとかワッペンの代わりですよね。
でもそれらより少し暖かみがあって素材が一緒だからなじんでいる。
それはまず一歩目です。
絵画とかイラストというと逆に飾るものというか それ自体の価値で活きる物になってしまいそうですが
私の思うのはええと「融合」的な?
絵本の絵と文の関係のようなものまでは自分には無理としても 
文だとか音楽だとかの添え物になりたい。そう、添えれたらいいです。(気弱)
刺繍の詩集とか面白そう。詩集の刺繍か?でも添ってみたいのは音楽です。
なかなか難しそうですが すぐかなわない夢の方が向かい甲斐はあるかな。かなわなくてもだれも困らないし。
これがこの正月からの私の新たなユメでございます。
長々とお付き合いくださってありがとうございました。^^








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