• 2011/04/12/Tue 14:59:01
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地震、いいかげんにしてくれーー!

本当に余震なのでしょうか。
「群発」って感じですよね。でっかいのがあちこちで・・・。
あんな恐ろしい目に偶然遭ってしまった人たちが
ひと月やふた月ですっかり立ち直ったりなんか出来なくて当たり前だけれど
それでも、「一ヶ月だ」と区切りをつけて前向きになろうとする心や
進学、進級を果たした若者が新たな気持ちで4月を踏み出す気持ちを
また打ちのめすような大地の揺れ、本当に早く早く収束に向かって欲しいです。

今日mayuさんの所へ無事を確認にお邪魔して日記を読みました。
まさに渦中に居られて色々な行動を起しておられる方が
「今の自分の『これこそ!』が何か分からない・・・」と感じているとのこと、
ちっとも無力な人なんかじゃないのに 焦燥感がこちらにもひりひりと伝わります。

震源や原発からずーっと離れた土地で
震災直後の危機感を持って「プレイジャパン」とか思ったりしながら
出来るのは募金と購買のみで 普段どおりの生活を冷静に、と言い聞かせてきたけれど
「そんなんだけでいいのか?」と毎日思います。

でも昨夜、何か 「私の『これこそ』」(のうちの一つ、なのだろうな)を感じる出来事がありました。
mayuさんの探す「これこそ」に比べると全く具体性も即効性もありませんが
私は少しだけ無力感を軽くできた気がしているのです。(無力が軽いって変だねえ)

北関東の連発地震の報道を聞きながら
次男と次女と末っ子で夕ご飯を食べている時の会話なのですが

「原発事故は収束までまだ長引くだろう、
そうなればもはや復興は東北だけのものでなく
日本全体の課題となること。それは戦後の復興のようなもの。
とすれば戦後から高度経済成長期までを背負って日本を立て直した世代と同じように
(母はちょっと年取ってるけど)あんたたちはこのような激動期のまさに担い手になる」

ということを子どもと話した所 意外にも
兄弟で一番「危ない物には近づきたくない、面倒嫌い」キャラの次男が
「そうだねー、そんな時代に生きることになるんだね」と納得したご様子で
工学系の長男について
「新しい燃料の採掘技術とか電気への変換方法とかの機械を研究開発する仕事が出来たら良いねえ」
などと提案してみたり
自分は経済学部方面志望なのですが
「こういう危機的状況時の法律や経済の上手く回る仕組みみたいのを研究しなくちゃいけないね」
とか言うではありませんか。数学とか物理やるの嫌だから文系にしただけなのに。

たいした危機に多分 運良く出遭って来なかった私などは学生時
単なる「好き嫌い」でこんな仕事~あんな仕事~、と将来を思っていました。

彼らがこのような状況の時代、なにか自分の場所をこんなふうに考えて目指したい、と
ただの一時頭をよぎっただけかもしれないし、将来全然別の仕事をしているかもしれないけど
それでも、言葉でしっかりと現した、というのが私には嬉しく思えました。

ならば私の「これこそ」(のうちの一つ)はその言葉を大事に育てさせること・・・でもいいんじゃない?
と言っても栄養をやるのは彼自身だと思うので私が温室に入れてやったりしてはだめです。
踏まれても雑草みたいに強いものになるとは到底思えないけれど
せめてその芽を摘まないよう摘ませないような生き方を私がしなければいけませんねー。
そう考えると「こうせねば」の前に まずはたくさん「これしたらだめだ」というのがあるので
それを排除することで少し自分の進むべき道が見えやすくなるようにも思います。
ちっとも「すぐに役立つ『これこそ』ではないのですけれど。

若い世代に重荷をゆだねる気持ちは全然ないけれど
自分が出来ないことが誰かには出来るかもしれないのならば
来るべき時にその誰かのしやすいように自分を処すれば
それも充分に「これこそ」では?とも思います。
自分から動かなくても自分が役立てるときはきっとあるはずです。
養生して待っていることも大事かもしれません。
なんだか上手く伝えられないけれど・・・。
ああなんか文下手だー。

COMMENT

専業主婦になって、何か一つはと思い地域のボランティアグループに入っています。月に2回くらい集まって、施設の訪問や縫製作業などしています。震災の募金活動もやりました。そのリーダー(御年85歳)の口癖が「決して無理はしない、無理すると長続きしない」です。とは言え、平均年齢が70過ぎのおばちゃま達のパワーに娘世代の私は驚かされることも多く、年齢は関係ないなあと思うことしきりです。おばちゃま達は、長年の人脈や経験(仕事や趣味)を生かし、私はどちらかというと、パソコンを使っての後方支援(?)という形ですが、いくつになってもいろんな形で社会と関われるのだなあと感じています。
将来を担う人材を世の中に送り出す子育ても大切な仕事だと思います。今度の災禍から立ち上がるのは、長い年月が掛かるでしょう。いろんな世代が出来ることをしていく必要がありそうです。hirokoさんのところは、頼もしい子どもさんが5人もいらっしゃる!

年嵩の方が仕切ってくださる地域のボランティア活動はいい感じですね。あまり狭い間柄での集まりはちょっと苦しそうですが 風通しの良い組織は良い活動も出来そうでうらやましいです。
私はまだもっぱらPTAですが兄弟が多いことによって地元の小中高校と先生達が多少なりと我が家の事を覚え置きくださり、同時に親も学校にかかわることによって結構しっかりと学校教育と繋がれた時代を長く過ごせてるなあ、とも思っています。
近頃はお金を払って塾なんかとそうなりたい親御さんが増えてるのかなー、と感じますけどね。

長男は工学と倫理を絡めた授業で早速震災の原発事故に関する論文などを書かされていて復興に関わるようになるための一歩だなあ、と関心してます。

hirokoさん、とこはなさん、野菜バー愛好会のみなさんこんにちはー。

あれから1ヵ月も経っただなんて…と思うくらい
あっという間だった気もする一方、
「あれいつだったっけ?朝2回続けて 大きいのがドーン!って来たのって…」
みたいな もうどれがどうだったのか忘れるくらい
時間が経ったような気もしています。。へんな感じー。。

で、hirokoさん!
hirokoさんの素晴らしいあの 花火巾着の依頼主さまだったあの
yumiちゃんがー 仙台のyumiちゃんがぁー…
うちなんかよりもずっと お子さんと一緒にあの日から今まで
踏ん張っていらっしゃいましたよぉぉぉぉ。。。うわーん。。
yumiちゃんちの愛犬くんに 我が家に届いた
「よくがんばったね!」ご褒美物資をお届けしましたー。。

時間がここまで経って、ようやく色々な声が届きます。。
被害の大きさ、それぞれの毎日の大変さ…に
ガタガタと震える今日この頃。。 でもがんばる。

毎日毎日「ああっ今日も私のハマ通りが・・・」とはらはらしています。
日本列島はこのまま数年間揺れ期に突入するのでしょうか?いやだ。
ああーっ花火、私がさぼってすんごいお時間いただいたあの花火巾着ですねー、仙台っ子になっていましたねえ!
yumiさんとともに踏ん張っていたのだろうか、お家は無事なのでしょうか。仙台の知り合いの方宅は家自体は無事でも中身が全部出ていました。
海辺ではないでしょうか?心配です。
ハマ通りだけでなく杜の都も急速に身近になってます。
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